北条義時と姫の前の鎌倉ものがたり

 

今回のテーマは比企能員の変の後、北条義時の下を去った絶世の美女・姫の前(鎌倉殿の13人では「比奈」)のその後です。


北条義時の姫の前への片思い


姫の前(以降役名の比奈ではなく一般的な姫の前で統一)は、頼朝にも気に入られた女房(奥さんではなく御所に勤める女官)でした

 



義時は女子は皆キノコ好き(;¬_¬)と思い込んで届けたかは定かではありませんが、なんと1年以上もラブレターを送り続けたようです。

 

見かねた頼朝が間に入って「どんなことがあっても離縁しない」という起請文を書かせて、片思いから一発逆転で恋愛を成就させたということです。

 

鎌倉殿の13人では片思いエピは、八重に使われたような気もしなくはないですが・・・。


姫の前の実家は義時に滅ぼされていない?

比企の出だから嫁いびりされたのか、舅の時政には前妻の八重と呼ばれて重たい空気になりましたね。ただ姫の前は実は猶子である比企能員比企尼の甥)とは、そんなに近い血筋ではありません。


姫の前の父は比企尼の実子(弟という説も)の比企朝宗で、母は北条政子に仕えたこともある越後局です(姫の前には歳の離れた弟もいるっぽい)。

 

しかも義時によって完全に息の根を止められた比企一族(一幡も)ですが、なぜか父の朝宗が殺られた記述がありませんΣ( ̄□ ̄)!


もちろん比企能員の変以前に亡くなっていた可能性も否定できませんが、姫の前は夫によって実家を滅ぼされたというのはちょっと違う気がします。

 

もちろん義時も義理の親や義弟を攻めるなら矛が鈍るでしょうし。

 

なので離縁はたまたま時期が重なったただけで、他の理由があった可能性も否定できないのではないでしょうか?

 


姫の前の比企能員の変その後

 


番組では愛する夫が苦しむのを避けるため、自ら身を引いた(比企だけに(^^;))姫の前ですが、演歌ですと夜汽車に揺られて北に向かうのですが、「そうだ!京都に行こう」と西に向かいました(^^;)


コネがあったのかどうかは定かではありませんが、この後姫の前はスピード再婚に成功しています(もちろんマッチングアプリや出会い系サイトではありませんΣ( ̄□ ̄)!)。


しかも比企能員の変から1年後には姫の前はなんと子供を産んだといいます。


ただ残念ながら幸せは長く続かず、その3年後に姫の前は静かに息を引き取りました。


後年姫の前の再婚相手(源具親)との間にできた子の任官の際には幕府からの推挙があったとか。後に執権となる義時の強力なバックアップがあったのではないでしょうか?

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